I. 導入:グローバル資本とローカル熱狂の交差点
Z世代、ミレニアル世代を中心に、アジアのアートトイ市場は沸騰しています。その中心にいるのがタイです。中国発の巨大アートトイ企業POP MARTが、タイを東南アジアにおける最重要拠点と位置づけ、大規模なグローバルランドマークストアを展開しています。
しかし、タイの熱狂は、単なる海外からの資本と人気IPの輸入によってのみ成り立っているわけではありません。このブームの核にあるのは、タイ人アーティストによる「ローカルでありながら、世界に通用する」独自のクリエイティブです。
本稿では、タイ市場の熱狂の背景にある独自の要因、特に**「感情へのアプローチ」と「文化的解釈」**という二つの強力な軸を分析し、タイ発の波がアートトイのトレンドにどのような影響を与えるかを考察します。
II. 📈 熱狂を支える「タイ独自のクリエイティブ」の秘密
タイのアートトイがこれほどまでに支持され、市場が前年比506%(キャラクターマーチャンダイジング市場)という驚異的な成長を遂げている背景には、他のアジア諸国には見られない独自の要因が存在します。
1. 涙がアートになる:「クライベイビー」に象徴される感情の具現化
アートトイはしばしば「可愛い」か「クール」のどちらかに分類されがちです。
しかし、ラブブの次の地位を確立したクライベイビー(Crybaby)は違います。
ここでは、タイ人デザイナー、Molly Yllom(モリー・イロン)氏が手がけたクライベイビー(Crybaby)について記します。
- 決定的な独自性: クライベイビーは、その名の通り「泣いている」キャラクターですが、
そのコンセプトは単なる悲しみの表現ではありません。
「ありのままの自分でいい、泣いてもいいんだ」というメッセージが込められています。
タイ人の女性アーティスト、ニサ・スリクムディーはMolly Yllom(モリー・イロム)という名前でデザインを開始しました。
幼いころから「社会が泣くことを弱さの象徴と見なしている」ことに違和感を感じていた彼女は、愛犬の死をきっかけに「感情を隠さず、泣くことの大切さ」を伝えるためにこのキャラクターを創作しました。 - 普遍的な共感: かわいらしさの中に、人間の普遍的な感情(悲しみ、悔しさ、寂しさ、希望)を具現化するそのデザインは、単なるキャラクターを超え、「感情の器」や「セラピー(癒やし)要素」として機能しています。
- 市場への影響: K-POPアイドルなどグローバルな影響力を持つ著名人にも愛用されることで国際的な認知度が急上昇するのはラブブを世界的人気者にしたブラックピンクのリサのニュースでも周知のことですが、またまたリサがバンコクのクライベイビーのポップアップストアに立ち寄った様子をInstagramに上げていますね!これはクライベイビーの人気が上昇する要因となっています。
モリー・イロムは香港の会社と協力し、当初はモリーズ・ファクトリー・スタジオでクライベイビーを発売し始めました。
その後、ポップマート初のタイ人女性アーティストとして迎え入れられ、
展覧会を開催したり、パワーパフガールズとコラボしたりして現在の人気爆発に至ったというわけです。
この成功は、タイ人デザイナーの創造性が国境を越え、アートトイの新しいテーマ軸を打ち立てたことを証明しています。
クライベイビーの記事はこちらも→https://www.bagelya-rokko.online/popmart-crybaby/
2. 伝統と現代性の融合:タイ文化の外連味
タイのアーティストは、自国の豊かな文化的資産を、現代的なポップアートとして昇華させる独特のセンスを持っていると思います。
- モチーフの独自性: 仏教徒が多数を占めるタイですが、ヒンドゥー教の神ガネーシャ(商売・学問の神として絶大な人気)をはじめとする複合的な信仰体系に由来する神話的・伝統的なモチーフや、タイの象徴(トゥクトゥクなど)を大胆にデフォルメした作品が人気を博しています。
- 考察: これは、タイのアーティストが自国の伝統文化を「リスペクト」しつつ、「ポップカルチャー」として再定義していることを示します。
日本や欧米とは一線を画すその独特の色彩感覚や造形は、国際市場において強力な差別化要因となっています。
III. 🕌 仏像とガネーシャ:宗教モチーフ利用の機微
タイのアートトイが独自のモチーフを追求する上で、宗教的な表現には厳格なタブーが存在します。デザイナーたちは、この文化的受容の境界線を巧みに見極めています。
1. ⚠️ 厳格なタブーと法律:仏陀(ブッダ)と仏像
タイでは、仏陀(ブッダ)や仏像をデフォルメし、商業的に利用することは、法律や慣習上、重大な不敬罪や社会的タブーとされています。これは、仏陀に対する深い尊敬の念に基づくもので、仏像のイメージを軽視する行為は厳しく規制されます。
2. ✅ 許容されるモチーフ:ガネーシャなどの天人(デヴァ)
一方で、記事で言及したガネーシャやブラフマーなどのヒンドゥー教の神々は、仏陀とは異なる「天人(デヴァ)」としてタイの信仰に深く組み込まれています。
- 複合的信仰の受容: これらの神々は、仏陀ほど厳格なタブーの対象ではなく、特にガネーシャは「商売の神」として広く愛されています。
- デフォルメの許容: タイのアートトイデザイナーたちは、この文化的受容の境界線を見極め、ガネーシャや土着の精霊をポップな文化的モチーフとしてデフォルメすることで、創造性とビジネスの両立を図っています。
IV. MRKREME(ミスタークリーム)の深掘り:アートトイを「批評」する論客
クライベイビーとは対照的に、タイのアートトイに「批評性」や「ポップアート」の視点をもたらしているのが、デザイナーのアンディ・ウォラカン・チョンタナピパット氏と彼のキャラクターMRKREMEです。
1. デジタルからアートへ:純粋な創作意欲
アンディ・ウォラカン氏は、キャリアの出発点について「自分が作り上げたキャラクターを3Dの形で見てみたい」という、純粋な創作意欲を原動力としています。彼は、平面のデザインを物理的な「トイ」という形式に落とし込むことで、表現の領域を拡大しました。
2. 「ポップアート」としてのMRKREME
彼の代表作MRKREMEは、鮮やかな色彩とユーモラスでありながらどこか皮肉めいた表情が特徴です。
- テーマ性: クライベイビーが「内面の感情」を扱うのに対し、MRKREMEは現代社会やポップカルチャーをユーモアをもって風刺する、より外向的なテーマを扱っています。
- 影響力: 彼は、タイの「iCreator Conference」などのクリエイティブ系イベントに登壇し、アートトイを「コレクティブル」ではなく「アート(芸術)」として捉え、その地位向上を積極的に議論する論客としても注目されています。彼の存在は、タイのアートトイシーンが持つ知的な深みを示しています。
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V. 🌍 なぜタイがASEANのポップカルチャー・ハブになり得るのか?
クライベイビーの成功は起爆剤に過ぎず、タイがASEANにおけるアートトイのハブになる可能性があると考察するのには、構造的な要因があると言えるからです。
1. 圧倒的な市場の「深さ」と「購買力」
- キダルト市場の成熟: 高所得層のミレニアル・Z世代を中心とした「キダルト(Kidult)」層が厚く、アートトイをライフスタイルや投資対象として受け入れる購買力が高いです。
(キダルト:大人でありながら子供のような趣味を持つ層) - 市民権の獲得: モール内の専門店はもちろん、理髪店や高級時計店のディスプレイにも巨大なアートトイが飾られるほど、トイが「おもちゃ」の枠を超えて自己表現のツールとして完全に認識されています。
この市場環境は、デザイナーにさらなる創作の自由と、ビジネスチャンスを与えています。 - 熱狂の数値: タイのキャラクターマーチャンダイジング市場は前年比506%増の61億バーツ
(タイのデジタル経済振興庁(depa: Digital Economy Promotion Agency)の発表)
という驚異的な成長率を記録しています。
これは単なる一時的なブームではなく、新しい消費習慣の確立を意味するのではないでしょうか。 - コミュニティの聖地: Thailand Toy Expo (TTE)のような世界中からデザイナーが集まる大規模なイベントが毎年成功しており、トイカルチャーの「聖地」としての地位を確立しています。
2. グローバル資本(POP MART)の戦略的選択
- IP発掘の拠点: POP MARTは、タイをASEAN市場へのゲートウェイとして戦略的に位置づけ、タイ人デザイナーとの積極的な契約を通じて、「次なる世界的IPの発掘拠点」と見なしています。
- ASEAN展開の効率性: タイは、ASEANの中心に位置する地理的な利点と、確立された物流システムから、近隣のマレーシア、シンガポール、インドネシアへのIP展開のハブとして最も効率的です。
VI. 結論:タイの熱狂は、アートトイの次の「哲学」を示す
タイのアートトイ市場の熱狂は、単なる一過性のブームではありません。それは、ローカルな文化と普遍的な感情を表現する力という、アートトイの次の哲学が爆発的に開花した現象です。
クライベイビーの「感情への力」、MRKREMEの「批評性」、そしてタイの「複合的信仰を扱う巧みさ」が融合し、グローバル資本の戦略と結びつくことで、タイはASEANにおけるクリエイティブの潮流を牽引する真のハブとなりつつあります。
日本をはじめとするアートトイ大国は、このタイの熱狂から未来のトレンドを学ぶべきなのかもしれません。
クライベイビーの記事はこちら→https://www.bagelya-rokko.online/popmart-crybaby/

